Y子さんは、お金持ちだ。
ビンボーだと住めないであろうM市に家がある。
別れた夫はお医者さんだそう。
お子さんもいるけれど、
生活に困っている様子はまったくない。
ときどきピアノを教えたりする程度で、
あちらこちらへ一人旅を楽しんでいた。
子どもも手がかからなくなって、
再婚を考えるタイミングだったのだろう。
そんなY子さんと僕は婚活パーティーで知り合った。
初めてのデートでY子さんは、
アパホテルの社長みたいに大きな帽子をかぶってきた。
(お金持ちだ)
「ハンサムですね」と言ってくれた。話し方も上品だった。
(かなりお金持ちだ)
「あの、何を隠そう僕は庶民だす……」
カミングアウトするまでもなく
全身から貧乏臭が漂っているはずなのに、
鼻が詰まっているのかY子さんは気づかないようで、
僕はなんだか心配になって思わずそう言った。
でも、僕が庶民だろうと貧民だろうと、そんなことは関係ないらしい。
Y子さんは優しく笑っていた。
あるとき、Y子さんから旅行に誘われた。
まだ知り合ったばかりで手も握っていないのに、
「クリスマス、二人でドイツに行きませんか?」と。
(ど、どこのどいつだ⁉︎)
クリスマスったって仕事はあるし、お金はないし、
丁重にお断りしたけれど、
たぶん旅費や宿泊費は出すつもりで誘ってくれたのだろう。
保険金を掛けて崖から突き落とす必要もないだろうし。
もしも結婚していたら、いわゆる逆玉の輿というやつだ。
Y子さん、夢とロマンをありがとう。
僕は、惜しいことをした……。